「まるごと教育本マガジン」2004年2月11日第52号 【オンライン書店bk1 メールマガジン】
★「おっぱい」を巡るノンフィクション
この本は、「おっぱい」を巡るある種のノンフィクションではないだろうか。
著者の竹中恭子さんは、「よこはま母乳110番」の相談員も務めており、本著は
母乳育児を勧める本だ。
母乳育児の良さについて書かれた類書はあるけれど、ここまで丁寧に分かりや
すく解説されている本は珍しい。母乳が出る仕組みや母乳トラブルへの対処法が
あるのはもちろん、生理的体重減少や夜中の授乳について、母乳で育つ子が直面
する疑問に本当に仔細な解説がついている。
しかし、この本をノンフィクションと感じたのは別の理由。妊娠・出産を経験
した人なら感じるかもしれないが、日本の医療機関はいまは基本的には母乳育児
を推進しているはずだ。「ミルクで育てましょう」「母乳よりミルクがいいです
よ」とは誰も言わない。母乳指導、母子同室、母乳マッサージといったケアは、
程度の差こそあれ導入している産婦人科は多いだろう。
それなのに十分に母乳が出ない、退院後、母乳育児に挫折したという話は珍し
くない。本著によると母乳育児にスムーズに入るには、やはり、出産直後の入院
中の数日間の対処法がものをいう。では、その数日間の入院中に一般の医療機関
では、ママの「おっぱい」を巡ってどんなことが行われ、赤ちゃんはどのような
状態になるのか。
このあたりの現状が、実にことこまかに描かれているのである。助産師さん、
何回もの出産を経験したお母さん、現状に疑問を感じて母乳育児を積極的に推進
し始めた医師、母乳110番に寄せられた声、そして二児の母でもある竹中さん自身
の体験・・・。これらの人たちの声が網の目を救うように集められ、読んだ私は、
あ、これって私の出産・母乳体験!?にそっくり・・」と、息をのむ箇所がいく
つもあった。
要は、「育児は母乳で」「母乳はすばらしい」と言いつつ、実際には母乳 育児にとってマイナスになるさまざまなことが病院で行われている現状もあるというこ
とだ。妊産婦や新生児の効率的な管理、医療者側の母乳育児に対しての意識の高
低差もあるだろう。どうしても母乳でと思うなら、母親や家族は、医療者側に対
して要求したり、断ったり、逃げたりしなければならない場面もある。これは、
出産という大イベント直後の「新米ママ」にとって結構、過酷な状況ではないだ
ろうか。
この本は、母乳育児をするママや家族を応援する育児書、実用書としてもちろ
んお勧めではあるけれど、ではなぜ、母乳育児がうまくいかなくて悩むのかとい
った疑問の背景も解明してくれた。「おっぱい」を巡るノンフィクションと感じ
たのはそんな次第。
もうひとつ。本著は決して母乳っ子が○で、ミルクっ子が×といった主張はし
ていない。そこには「だっこ」が深くからんでいる。授乳は母乳でもミルクでも
「だっこ」なくしてはあり得ない。とりわけ、母乳での授乳は、肌と肌がピッタ
リ触れ合う行為だ。ここに母子間、人間間の信頼関係が生まれる。母乳育児の良
さは、栄養や免疫面だけではなくこの点にも由来する。
しかし、仮に母乳育児がうまくいかなくても「だっこ」は誰でもいつでもでき
る行為だろう。「おっぱい」を卒乳しても「だっこ」は卒業までの期間が長い。
「だっこ」が足りなかったと思ったら、そのときから、子どもがいくつであって
も「だっこ」なら復活させることもできる。子育てにはよく「取り返しがつかな
い」といったことばが使われるけれど、本著は、「今日からだっこで子育てを取
り戻せる」と思えるフレーズも詰まっている。 |