|
|
|
|
![]() |
>> 「舌癒着症相談室」へ戻る | |
| 読者相談コーナー | ||
| 「舌癒着症ガイド」 |
|
|
|
|
【はじめに】 この冊子を手にされた方は、少なくとも今の段階でなんらかの育児に関するトラブルをお持ちの方だと思います。 たいていの方が、おっぱいに関するトラブルから舌癒着症のことに行き着かれたのではないでしょうか。まだお子さんが赤ちゃんの場合、呼吸に関するトラブルより母乳に関するトラブルの方がわかりやすく、また顕著に顕れます。ですが、はじめにこれだけは認識しておいてください。 舌癒着症の手術は、あくまで呼吸改善が第一目的です。 母乳を飲めるようにするためでも、育児を楽にするためでもありません。お子さん自身の呼吸を楽にするためなのです。 呼吸が楽になった結果、母乳がスムーズに飲めるようになったり、呼吸の苦しさから顕れていた育児に関するトラブルが減ったりするようになるわけです。 ただし、これは歯列矯正と同じように舌の位置矯正ですので、処置しないと死に至るとかそういうのではありませんし、絶対に処置しないといけない、というものでも決してありません。一般に歯列がガタガタだと肩こりがひどい、噛み合わせの悪さから虫歯になりやすいなどいわれますが、だからといって矯正するかどうかは本人次第です。ですが、そうならないようにお母さんが乳歯の間に歯科医院に連れて行って予防してあげる、それと同じだと思います。 ましてや呼吸は一生の問題ですし、今、母乳育児に支障が顕れているのは、赤ちゃんが苦しいと訴えているサインなのでは、と思います。なにより、舌のせいとは知らずにしんどい育児をされていて悩んでいらっしゃるお母さんがいるとしたら、こういう舌の矯正があるのだと情報提供できないか、というのが、私たち勉強会のスタッフの発足理由です。決して、手術の斡旋ではありません。スタッフ一同もかつては母乳のトラブルや育児のトラブルを抱え、舌の手術に悩んだ母親たちです。そして、悩んだ末、手術に行き、行って良かった、という実感からボランティアで勉強会に参加しています。 そして、よく寄せられる質問なのですが、どうして神奈川県大和市の向井診療所でしか診てもらえないのか------それは、母乳トラブルなら産婦人科、赤ちゃんのことなら小児科との考えのもと、見落とされがちな範疇の問題で、母乳トラブルと赤ちゃんの呼吸を結びつけて考えてくれる耳鼻科の医師がほかにあまりいないことと関係しているように思われます。また、そこから呼吸改善という観点で赤ちゃんを診てくれる先生が今のところ、向井先生しかいらっしゃらない、ということなのです。耳鼻咽喉科医院で助産婦さんがいらっしゃる病院、ということ自体、とてもめずらしい病院なのだといえます。 赤ちゃんの呼吸について、という観点で以下ご理解いただけたら、と切望いたします。 勉強会スタッフ一同
【『舌癒着症』って、なんだろう?】 「舌癒着症<ぜつゆちゃくしょう>」・・・・初めて聞く方も多いと思います。 字を見ると、「舌」が「癒着」している「症状」のことですね。舌がくっついていると、一体何の不都合があるのでしょうか。話が出来たり、食べ物を食べられたりすれば、別に何にも不都合はないように思えます。多少、おっぱいが飲みにくくても、その子の持って生まれたものなのだから、そのままにしておいた方がいいのでしょうか。 そこで、神奈川県大和市 向井診療所の向井先生の講演録から引用して「舌癒着症」について考えてみました。 ★「舌癒着症」とは 舌癒着症とは、先天性の舌と喉頭蓋<こうとうがい>、喉頭<こうとう>の異常で、常染色体の優性遺伝で、これを持っている人の方が多いのです。(ということは、あなたやお子さんが舌癒着症であっても特別に異常であるわけではありませんね。それでも特に男性に多く症状が見られるそうです。) 舌小帯<ぜつしょうたい>手術の歴史は古く、古代中国(BC1050)では、すでに行われていました。もっともこの手術は、言語障害の治療として行われていたのです。 昔、赤ちゃんがおっぱいを飲めないで死ぬ率が高く、フランスの外科医が舌小帯から頤舌筋<いぜつきん>まで剥離<はくり>すると赤ちゃんの状態が良くなることを見つけました。それ以来、ヨーロッパでは生まれた赤ちゃん全員に、洗礼日に助産婦が舌小帯と頤舌筋を切除していました。しかし、今世紀になり、ある医者がこれをやるべきでないと言いだし、最近の小児科の本にはこの疾患は取り上げられておらず、しかも「この手術をするのは、間違いである」と書かれています。 ★「舌小帯短縮症」とはどう違うか この疾患は、これまで舌小帯の異常としてのみ考えられていました。舌小帯異常、舌小帯単縮症、つれ舌などと呼ばれていますが、正しくは「先天性舌癒着喉頭蓋咽頭偏位症<せんてんせいぜつゆちゃくこうとうがいいんとうへんいしょう>」といいます。これではあまりに長いので、舌癒着症と言います。 舌小帯は、舌の裏側のすじのことです。舌癒着症とは、舌小帯が舌の先についているかどうかではなく、舌が前にあるかどうかが問題なのです。 ★なぜ「舌癒着症」だとおっぱいが飲みづらいか おっぱいの正常な飲み方は、舌を突き出して乳首を包み、乳輪部を咬んで反射を起こさせて、口腔内にあふれ出てきた乳をそしゃく咀嚼<そしゃく>して飲みます。このとき(舌を前に突き出すと)喉頭蓋・喉頭は上に持ち上がり鼻腔とつながり、飲みながら呼吸が出来ます。 舌癒着症の赤ちゃんは、舌全体が前についていて、喉頭蓋・喉頭・気管が前方に引っぱられて傾いています。このため、おっぱいを飲もうとして舌を出すと、鼻と喉頭がズレて息が出来なくなるのです。おっぱいが飲めないのは、舌の動かし方が悪いのではなく、呼吸が苦しくて飲めないのです。それでも赤ちゃんは飲もうとして、舌を出す代わりに乳首を口の中に深く吸い込み、舌で無理やりはさみこんで乳首を吸います。そのために乳輪を歪めたり潰したりするので、乳首にすり傷をつけるのです。また、舌体の吸運動で舌の上が肥厚して白くザラザラしてきます。これで、ますます乳頭を傷つけるようになります。吸う運動ばかりなので、頬の筋肉が肥厚して頬が腫れて見えます。咬む動作をしないため、咬筋<こうきん>を使うチャンスが減り顎の発育が悪くなります。このため、こめかみがへこんできます。 舌癒着症の赤ちゃんは、おっぱいを飲みながら寝てしまうことが多く見られますが、これには2種類の原因があり、飲む行為に体力をつかって疲れ果てて眠ってしまうのと、呼吸の状態が悪くておっぱいをくわえていないと眠れないのとがあります。指しゃぶりも舌癒着症の赤ちゃんに多い現象です。指をしゃぶったり、おっぱいを吸っていないと眠れない子供は、舌の上になにかを乗せることで呼吸が安定するのです。どうやら、指しゃぶりは、無呼吸による低酸素状態を回避するために始まるようです。(指を外すと無呼吸が出てきます。) また、お腹がとても膨れている赤ちゃんは、低酸素状態で腸の動きが悪い上、おっぱいを飲むときに空気を一緒に飲んでいます。ですから、大人顔負けのおならをすることもあります。 ★「舌癒着症」の最大の問題点とは 舌癒着症の赤ちゃんの動脈血中酸素飽和度は、普通の人よりも時折、下がってしまいます。これは、血液中に酸素がどのくらいとりこまれているかという測定で、基準値より下がっているということで、低酸素状態であるということです。おっぱいを飲んでいる最中、気管に母乳が入りやすいため、むせることが多い赤ちゃんは、酸素飽和度が急に下がってしまいます。すると、最後まで飲みきれずにやめてしまったりします。吸啜障害<きゅうてつしょうがい>のもう一つの症状に、脈の上昇があります。おっぱいを飲むことが体力的に負担となるため、運動していることと同じことになり、脈が上がってしまい、疲れてやめる、脈が下がるとまた飲みはじめて・・・・これを繰り返して、最後には疲れ果てて眠ってしまいます。このとき、過呼吸状態になり(血中に不足した酸素を取り込むため)、全速力で走っているのと同じ状態になっています。 これでは、おっぱいを飲むのも大仕事です。 ★「舌癒着症」の子供の症状はどんなものか 喉頭が持ち上がっている状態は、普段から呼吸する際に抵抗があります。 舌癒着症は、呼吸との関係が一番深く、舌が下顎のすぐ内側から始まっているような人は、睡眠中にいびきが中断するという「睡眠時無呼吸症候群」があります。無呼吸発作は大人も子供も同じで、子供により多く見られます。ベッドに寝かせると、すぐ目を覚まして泣く子供も、これが考えられます。 喉頭蓋と喉頭が持ち上がっていると、声門が狭くなりますので、無理に声を出そうとするとポリープが出来てしまいます。これも舌癒着症の症状です。 また、低酸素から血行が悪くなるため、皮膚が青白く、大理石様皮膚といって、毛細血管が編目模様に浮き上がって見えます。 ★「舌癒着症」の手術では、改善されること 改善されることは、人にもよりますが、呼吸が楽になり酸素が多くとりこめるようになるため、酸素不足からくる手足の冷えなどの症状が良くなります。血液のめぐりが良くなるため、肩こり、腰痛、胃腸の調子などが改善されます。子供によっては、アトピーの症状が改善される場合もあります。 深い呼吸ができるようになるので、睡眠が深くなり精神が安定します。 おっぱいの飲み方では、深くくわえこんで、強く吸うことができるようになるため、無理な飲み方でなくなり、お母さんの乳頭や乳房のトラブルが減ります。 ★「舌癒着症」は大人になっても影響するのか 低酸素状態では、大人になってからも様々な障害が出てきます。舌癒着症の最大の問題のところで挙げましたが、血液中に酸素を取り込む量が少なく、また、深い呼吸ができないので疲れやすく、肩こりや腰痛に悩まされたりします。睡眠が浅く、眠っても疲れがとれないなどの症状もあります。 ★術後のあれこれ この症状の改善には、舌小帯と頤舌筋を切除するという手術が行われます。しかし、即日的にすぐ、全てが良い方向に向かうのではありません。1ヶ月〜2ヶ月、あるいは1年からそれ以上になって、手術をして良かった、と思える人もいるそうです。また、実際に手術をされた方の中でも、術後の変化を自分では特に自覚できない人もいますし、1才前後の赤ちゃんの中には舌の位置が変わったことによる違和感から、卒乳してしまうこともあります。(月齢の小さい赤ちゃんほど、飲みたい一心から違和感なくスムーズに飲むようです。)しかし、中には見違えるように、顔色が良くなったり、良く寝てくれるようになったり、大人の場合、腰痛や肩こりが嘘のようになくなったりする人もいます。また女性の場合、出産時に酸素が効率よく取り込めることで、お産が楽になったりもするようです。 たいていのお母さんは赤ちゃんの母乳の飲み方や自らの乳房のトラブルから、この「舌癒着症」を知ることになりますので、赤ちゃんが母乳を劇的に飲めるようになることを期待してしまいますが、この手術は母乳を飲めるようにするためではなく、あくまでも呼吸の改善を目的にするものであることを忘れないで下さい。そして、お子さんの手術の場合、お母さんのためでも、誰のためでもなく、本人のためだということをよく踏まえて手術に臨んでください。 優性遺伝ですから、ほとんどの人が症状の軽い、重いの差はあれども持っていることです。手術は、必ずしも全員に必要というものでもありませんし、手術しなかったからといって、まともに成長しないわけでは決してありません。手術はあくまでも、一つの選択で、これがすべてではありません。ただ、呼吸は一生の問題です。楽に呼吸できることに越したことはありませんし、他の人の呼吸器官と取り替えてみることもできませんから、自分が他の人より楽な呼吸をしているのか、しんどい思いをしているのかは分かりません。お子さんの場合はなおさらです。お子さんが苦しい中で頑張って息をしているかもしれないことは、想像はできても分かってあげられません。とはいえ、成長とともに、肺活量を増やしたりしながら、適応していくからか、症状は軽くなります。一番しんどいのは、もしかしたら生まれてすぐなのではないかと思います。母乳が飲めない、眠れなくて泣く、お母さんの乳頭・乳房にトラブルが出てくる、というのは、しゃべれない赤ちゃんからのSOSなのだと思います。 そして、お子さんの手術をされる方は、お子さんの手術の前に、よく手術の内容や、どうして手術するのかをどんなに小さなお子さんでも説明してあげてください。本人が納得した上での手術と、なにも知らされないでいきなり手術に連れていかれるのとでは、結果にも違いが出てくるようです。また、両親が納得した上で手術される方が、お子さんの精神面を安定させる上でも重要だと思います。特にお母さんが不安をかかえたままだと、たとえ赤ちゃんでもその不安が移ってしまって、いつまでも術後落ち着かなかったり、怒って泣き続ける傾向があるようです。逆に、納得済みで手術に臨まれる場合は、手術の後、ケロッとすることが多いように思われます。 また、術後、すぐは赤ちゃんの場合、口の中の違和感で泣いたりもしますが、「痛いのでは?」という思いから、おっぱいを含ませないでいると、舌を動かさないことで、傷口がますます腫れてしまい、余計におっぱいが飲みづらくなってしまいます。月齢が小さいほど、赤ちゃんの痛覚はそれほど敏感ではないようですので、舌を腫らさないため、と自分に言い聞かせながら、何度もおっぱいを含ませることをおすすめします。舌をよく動かすことで、血行がよくなり、舌も腫れずに、赤ちゃんも舌の新しい感覚に慣れていくと思います。 違和感から泣いたりぐずったりするのは、個人差もありますがたいてい一晩のことで、翌日からはほぼ元の生活に戻ることと思いますので、手術を考えておられる方は、それほど心配なさらずに気を楽にもって臨まれることをおすすめします。 |
|
|
|
|
舌癒着症の手術を受けて S市在住 Yさん
平成12年5月、ある助産所でM子は生まれました。先生や助産婦さんのおかげで、満足のいくとても素晴らしいお産でした。お産の後1週間、助産所でお世話になるのですが、その間どうしても授乳が上手くいきません。すぐに乳首が外れてしまい上手く吸うことができないのです。初めての子だからかと先生に相談をしてみたところ、先生はM子の口の中(舌の裏)を診られ「舌の裏のヒモがきつく、くっついていますよ。」と言われました。そしてM子が舌癒着症であること、舌のヒモがきつくくっついているため、口の中の筋肉が前の方に引っ張られて気道が狭くなっていること、赤ちゃんは呼吸をしながらお乳を飲むので、気道が狭いと息が苦しくなってお乳が上手く飲めないことなどを説明してもらい、神奈川県大和市で舌の手術をしてくれる向井先生を紹介してもらいました。また病気ではないので、必ずしも手術をしなければならないことはないとも言われました。私と主人は生まれて来たばかりのわが子が手術をするということに大変驚き、戸惑いました。すぐに答えを出すことはできず、生後3ヶ月以内なら局所麻酔で手術を行うことができると聞きひとまずM子の様子をみることにしました。 自宅に戻ってから1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が経ちました。M子はすくすくと育っていましたが、眠っている時や、特に授乳時に息がつまりむせることがあり、また舌をタンタンと鳴らして飲む癖が出てきました。そしてきまって飲みながら眠ってしまいます。赤ちゃんなのに手足が冷たく、顔色も少し青白く、ゲップやおならの音が大人顔負けなのも気になりました。私の方は乳腺炎を何度もおこしかけては、先生にマッサージをしてもらっていました。手術をせずに子供を育てているお母さん方の話も聞いていたので、手術を受けるかどうか主人と長く悩みましたが、M子がたっぷり呼吸をしながら育って欲しいと思い手術を受けることを決めました。生後2ヵ月半で神奈川県大和市に行き手術を受けたのですが、手術自体は本当にあっけないくらい早く終わりました。今でも手術から戻ってきM子の顔をはっきりと覚えています。色の薄かった唇が赤くなり、頬はバラ色になっていました。そしてその夜、眠った晴菜の手足に触れると驚くほど温かくなっていました。主人と二人M子の変化に驚き、赤ちゃんの呼吸の大切さを改めて実感しました。大和市から関西にある私の実家に帰ったのですが、私の両親もM子の変化に驚いていました。父は抱いた感じが軽く柔らかくなったと言い、母は今までよりもしっかりと相手の目を見つめて話をするようになったと言いました。幸いに手術の経過も順調にいき、最も気になっていた睡眠時と授乳時に息が詰まってむせることも少なくなり、その後なくなりました。 向井診療所で手術を受けてから2年の月日が経ちました。私の方は何度も乳腺炎をおこしましたが、M子は1才7ヶ月までほとんど母乳のみで育ちました。本当に丈夫で、またとても落ち着きがあり、意思表示がはっきりしているので育児に悩むこともあまりなく暮らしています。助産師の先生、向井先生に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 |
|
|
|
生後1ヶ月半での手術 A市在住 Nさん
第1子として我が子を産み落としたその瞬間の感覚は、今でも鮮明に頭に焼き付いています。フニャッとした柔らかい体を想像していたのに、泣き叫ぶ我が子は、体がこわばったように固い感じを受けました。体中から声を絞り出すように泣いているせいだろうか、と思いましたが、今となっては、この世に出てきた瞬間から、彼にとっては苦しい呼吸をしていたのだなぁ、と思えます。お腹の中と違って、なんて苦しいんだ!と思っていたのかもしれません。 生まれた我が子は、体重も十分で3430グラム。見た目は、とっても健康そうな元気な男の子でした。ですが、顔色がとても赤黒い気がして、まわりに「すぐに白くなるよ。」と言われてもすごく気がかりでした。他に気になったのは、泣き方。ほんぎゃー、ほんぎゃーという柔らかい泣き方ではなくて、いきなり、大きく「んぎゃーっ!!」と泣ききると、次に息を吸うまでがものすごく長くて、チアノーゼのように唇や顔色が赤紫になるほどでした。抱きながら、「はやく息を吸って!」と何度ヒヤヒヤしたことか。泣き声も、押し潰したような苦しそうな声でした。 これらは、舌の癒着がちょっとひどいから、出ている症状だと、助産婦さんから生後2日目で言われました。そのときの私は、「何それ?」といった感じで、「歯並びの悪い子が歯を矯正するようなものだから、する、しないはゆっくり考えたらいい。」という助産婦さんたちの言葉に、のんびりかまえていました。自分で、泣いている時とかあくびをしている我が子の口の中を観察してみましたが、小さくてまあるいかわいい舌、としか思えませんでした。(これも、手術後の舌を知った今となれば、小さくてまあるい舌は下顎にくっつきすぎていたのだなぁ、と思えます。さぞ、動かしにくかったことでしょう。) ところが、生後4日目、彼にちょっとした異変が起こりました。ぐっすり眠っているときに、手足がゆっくり、「ぴくん、ぴくん・・・」とひくついているのです。1、2回ならば、赤ちゃん特有のひくつきか、と思うのですが、10分くらい続いたものですから、助産婦さんが病院へ相談してくれました。そこで、NICU(新生児集中治療室)の設備のある大きな病院に行った方がいいと言われ、一気に事態は急変しました。 県立病院へ行くと、即、検査入院。 NICUの保育器に入れられ、検査の為、いくつもの電極や点滴の針が固定され、自分で針を抜かないよう、手足を固定される日々が続きました。 脳波の測定、血液検査、CT・・・ありとあらゆる検査にまわされましたが、原因不明。 そんなとき、産後すぐに指摘された「舌癒着症」が気になりました。助産婦さんにも「舌癒着症のため、酸素不足でひくつきが起こっているのかもしれない。」と言われました。 残念ながら、現在の小児医療では、呼吸器官や口腔内のことはいっさい診ていただけないので、病院での検査には「血中のビタミン不足やカルシウム不足、ヘモグロビン量」という項目はあっても、「酸素不足」はありません。 原因不明のまま、けいれん止めの薬で様子を見ていこうということになり、いったん退院してきた彼でしたが、それからの生活は想像以上に大変なものでした。 まず、おっぱいが飲めない。これは、はじめ、3週間あまりの入院生活の中でほ乳ビンに慣れてしまったために、咀嚼力<そしゃくりょく>が劣って飲めないのだろうと思っていました。 それでも、何度くわえても、すぐに乳首がはずれてしまいますし、飲んでいても、すぐに眠ってしまうのです。そのくせ、もうお腹がいっぱいなのだろうか、と布団に寝かすと、すぐに目を覚まして泣く。おっぱいをくわえさせてみると、また飲み出す。それでも、いくらも飲まないうちにまた寝てしまう・・・の繰り返し。 そして、もっと困ったのが、布団に寝かすことができないこと。抱っこをしていると眠るのですが、平な場所に寝かすと、とたんに泣き出してしまうのです。これには、産後の疲れている体に、とてもこたえました。しかも、抱っこしていて眠る姿勢も、のけぞったような、頭を下げた姿勢でしか寝ないのです。あごをひいたような抱き方だと、嫌がって泣きますし、自分で後ろに頭を下げようとして、体を突っ張って、支えているこちらの腕をぐいぐい頭で押してくるものですから、抱きにくいですし、体重プラス押す力とで、支えている腕の方がすごくだるくなるような感じでした。 たまに、布団の上で寝ることができても、頭を横に向けてあごをあげ、口をぽかっと開けてのどを伸ばしたような姿勢で寝ていました。(あごをあげることで気管と鼻や口とをまっすぐにして、息をしやすい姿勢を自分でとっていたのでしょうね。) 昼夜を問わず、一日中抱っこかおっぱいをあげているかで、自分のことはなにもできませんでした。実家に帰っていましたので、昼間は母に抱っこは代わってもらえましたが、夜中はさすがに自分しかいませんし、春先の寒い中、真っ暗な部屋の中で慣れない抱っこを(しかも座ると泣く!)しなければならないことは、苦痛以外のなにものでもありませんでした。何度、布団の上に放り出したかったか!正直、心身の疲れと先々の育児への不安とで、夜中、何度も泣きましたし、子供を産んだことすら後悔しました。やっと眠っても布団におろせないので、抱っこしたままソファーに座って明け方までうとうとする日々が続きました。 そして、原因不明のひくつきも、もちろん改善されていませんでした。 そんなとき、助産婦さんから、神奈川県大和市で「舌癒着症」の手術をされている向井先生のHPを教えてもらって、早速見てみました。 その文面の中にいくつもの症状が書いてあり、うちの子にあてはまる症例がとても多いことにおどろきました。 手足の冷え、顔色の悪さ、額が黒ずんでいる、足を突っ張る、視線が合わない、寝つきが悪い、長泣きをする、泣いているときに無呼吸になる、抱きにくい・・・などです。どれも、おかしいなぁとは思いながらも赤ちゃんにはよくあるものと思っていたことでした。それもそのはず、ほとんどの赤ちゃんに程度の差こそあれ舌癒着はあるのですから、世代をこえて、赤ちゃんとははじめ誰でもこういうトラブルを持っているものだと世間一般に思われているのです。ですから、実家の母たちに相談したときも、たとえば足の突っ張りも、「元気な証拠」となりますし、抱きにくいということも、「男の子だから力が強いのよ」となりました。顔色の悪さも、これは大きな病院の小児科医に言われたことですが、「赤ちゃんというくらいだから、顔色ははじめのうちは赤黒くても問題ない。」と言われました。母乳を飲みながら、親子で目が合うなんてこともありませんでした。なんといっても飲みながら寝てしまうのですから、ほとんど目を閉じていたのです。 総体的にうちの子はやりにくい子なんだと思っていたのが、もしかしたら舌のせいからくる呼吸障害のせいかもと思った瞬間、私は誰が反対しようと手術してもらおう、と固く決意しました。 私自身、小児喘息を持っていて、子供の頃、気管が狭くなり息が苦しいという経験はイヤというほど知っておりましたし、酸素不足からくる体のこわばりがいかにしんどいものか、経験しておりましたから、ずっとそれに似た状況には子供をおいておけないと思ったからです。 私の場合、HPをみてから、手術まで2週間もかかりませんでした。1日でも早く、という思いがすごく強かったのです。手術で子供が受けるであろう痛みについては、ほとんど考えませんでした。1〜2日の痛みより、四六時中の呼吸の苦しみを取り除く方がよほど重要だと考えていたからです。喘息の発作での経験から推測することしかできませんが、気管の狭さから、空気が思うように吸いこめないもどかしさや、酸素が不足するせいで全身の筋肉がこわばり、頭がぼーっとしてイライラする、というのは、本当につらいことです。発作がおさまったあとは、気管が広がり、息を思うように吸えるのは、なんともいえない解放感があります。手術によって、子供の体が緊張状態から解放されるなら、と気がすごくあせっていました。 もちろん両方の実家からは、「大きな病院の先生から指摘されたわけでもないのに、孫がかわいそう。」とはじめ、反対されました。でも、根気よく説明し、「かわいそう」という祖父母の気持ちより、子供の今置かれている状況の方が最優先だとわかってもらいました。祖父母の為でも親のためでもなく、子供自身のためなのですから。 向井診療所へいざ行くと、助産婦さんから手術の説明を受けました。そのとき、足の突っ張りが赤ちゃんからのSOSのようなものと聞かされました。 本来、まだ歩けない赤ちゃんは、ねんねの時期、手を動かすことの方が先なのだそうです。足はその後なので、足を歩くように動かすというのは、まだ生後1〜3ヶ月頃はなくてもいいものなのだそうです。舌癒着症のきつい子は、息苦しさも手伝って手よりも足をよく動かしてしまうため、手が不器用になったり、成長していく段階でよく蹴つまづいたり転んだりするのも手でバランスがうまくとれなかったりすることで起こるのだそうです。 向井先生の診察を受けて、子供の口をあーんと開けた瞬間、先生から「おっぱいをあげてるとき、お母さんは痛くなかったのかね。」と呆れられました。「痛かったのですが、初めての子だし、はじめのうちは痛くて当然、と思っていました。」と言うと、「こんな砥石<といし>のように角質化した舌なのだから、相当痛かっただろうに。」とますます呆れ顔。 手術後は舌を正常に動かしていくため、だんだん舌の角質もとれ、本来の柔らかな舌に戻るとのことでした。その言葉どおり、術後は飲み方がまったく別なものに変わったため、おっぱいをあげるのが苦痛では全くなくなりました。(今思えば、本当に手術するまでの飲み方の痛かったこと!舌のせいだったとは、という感じです。) 診察の結果、うちの子は特に癒着がひどく、相当苦しかっただろう、とのことでした。 いざ、手術。あぁ、やっとこの子は楽になれるのか、と待ちに待った瞬間でした。正直、やりにくい子育てから、私自身解放されるかも、という期待も大きかったです。 大きな県立病院に入院中、新生児の血管はものすごく細いため、血液採取も足のかかとをメスで切って絞り出したり、原因をいくつかのけいれん止めの薬から効く成分でつきとめようと、試験的に何種類もの点滴をされて、青く腫れ上がった小さな手の甲を痛々しく見ていましたので、そのことを思うと、たかが5〜6分程度の手術にまったく不安などありませんでした。 「ちょっと痛いけど、楽になれるから頑張ろうね。」と生後1ヶ月半の子供に笑顔で言い聞かせ、手術前に痛み止めの座薬を入れ、手足をばたつかせないようにおくるみで包んで、いざ看護婦さんが手術室に連れて行ってくれました。 終わるまで、ソファーで待ってよう、と座った瞬間、奧から「んぎゃー!」という泣き声とともに「終わりましたよぉ。」と連れてこられたときには、5、6分と聞いていただけに正直、拍子抜けしました。ものの、3分くらいだったように思います。 看護婦さんから受け取ったときの第一印象は、びっくりして泣きはらした子供の顔が、今までみたこともないキレイな赤色だったことです。泣いた直後のあの紫っぽい赤ではなく、澄んだというか明るい赤色だったのです。本当におどろきました。 それに、しつこく泣くこともなく、抱いた瞬間、ピタッとおさまりましたし、なにより体がとっても柔らかいんです。今まで、泣いたときは足を突っ張ったりして、体が固い、と思ってましたが、普段のときは、こんなもの、と思っていた状態ですら、本当は固かったんだ、とはじめて思い知らされました。本来の赤ちゃんって、こんなに抱きやすく、柔らかいものだったんだ、ととても嬉しく思いました。今までだと、力を込めて体を突っ張るように反発する子供を、力ずくで抱き寄せてる感じだったのが、体全体をこちらに預けてくれてるような感じでとても抱っこが楽になりました。片手でも抱けるようになったのがおどろきでした。 ただ、うちの子の場合、手術後手足がぽかぽか、というのはありませんでした。手術に行く前に、手足がびっくりするくらいぽかぽかになる、というのを聞いていましたので、こちらもそうなるものと思っていたのですが、これが個人差なのでしょう。ただ、眠たくなったときは、手足がすごくぽかぽかしてくる、というのが術後改善されたことでした。そういうことさえ、手術前はなかったのです。今でも、遊んでいるときや眠くないときは、手足はとってもひんやりしています。これは、本当に個人差なのだと思います。 術後、助産婦さんから、おっぱいは人の体の不思議で、消毒しなくても清潔にできていて、傷口にバイキンが感染することはないから、安心して傷口を腫らさないためにも何度でも含ませる方がいい、と言われていましたので、夜中に腫れて泣かれたら大変と思い、何度も含ませました。そのおかげか、痛み止めの座薬を追加することもなく、さほど泣くこともありませんでしたし、授乳もスムーズに夜中には飲めるようになりました。 ただ、もちろん訳もなく泣くことはなくなったとはいえ、赤ちゃんですから、お腹が空いた、とか眠たいとかで泣くことはもちろんあります。(これまでなくなったら、おかしいことです!)それを一緒に付き添ってくれていた夫は、1日中「傷口が痛くて泣いているんじゃない?」とうるさいほどでした。入院中、血液採取に足のかかとをメスで切ったとき、医者から「赤ちゃんは痛覚が鈍いから大丈夫。」と聞かされていましたので、それはない、と何度も言い聞かせるほどでした。 授乳がちゃんとできるようになってからは、本当にびっくりでした。手術前は、口先だけをちゅくちゅくさせて飲んでいたのが、下顎全体が大きく動くようになりましたし、口の中に母乳をいっぱい吸い出して溜めてからゴックンと飲んでいるのが、よくわかる飲み方に変わりました。こちらの方もおっぱいの奧の方から吸い出されているのがよくわかりますし、今までだとすぐに口からはずれていたのが、口元をちょっと引っ張って空気を入れないと抜けないほど、しっかり吸い付くようになりました。こんなに違うものか、と目を見張るほどでした。(この飲み方の変化は、うちの子だけでなく、後に私の友人の子が手術を受けて帰ってきたときにも、同じ変化を見ましたので、決して錯覚ではありません。) 手術後、家に戻ってからは、常に抱っこしなくてもよくなりました。布団の上などでコロコロ寝ころんで、おもちゃを持って一生懸命遊んでいる我が子を見て、これまでなかった光景に本当に嬉しく思いました。眠ってる間も、顔を横に向けたりもしますが、ほとんど口を閉じてあごを引いて、文字どおり「大」の字になって寝ているのを見て、夫とふたりで感心しました。 おっぱいもダラダラ小分けに飲むこともなくなり、例えるなら一気飲みのように、ゴクゴク勢い良く息継ぎすることなく短時間で飲めるようになり、眠い時以外は飲みながら寝ることもなく、満足顔で遊ぶようになりました。目を閉じて飲むことも圧倒的に減りましたので、飲みながら母子で見つめ合う、ということも実現しました。 ずっと気になっていた顔色もくすみがとれ、澄んだ良い顔色になりました。 頬や額にプツプツと発疹が出ていたのも、血行が良くなり新陳代謝が良くなったせいか、キレイに治りました。 こうして書くと、良いことづくめのようですが、総体的に子育てを見てみると、劇的に楽になった、というわけでは決してありません。うちの子は、根本的に甘えん坊のようで、かまってほしくて、抱っこをしなければならないことも多いですし、1才を過ぎた今でも抱っこしないと寝てくれません。ただ、訳もなく泣くことは圧倒的に減りました。かまってほしい、眠い、お腹が空いた、どこかが痛い、など要求や理由がはっきりしているときにしか泣かなくなりました。 手術前は、どうして泣いているのかよくこちらも理解できず、とりあえずおっぱいが足りてなくて、お腹がすいているのかも、と母乳プラス粉ミルクも足したりしていました。 泣くイコール=お腹がすいているor眠い、としか思えなかったのです。そうすると、向井先生のところへ行ったとき、「飲ませ過ぎ!」と指摘を受けました。お腹も空いていないのに、ほ乳ビンを口につっこまれて、子供としてもさぞ迷惑な話だったことでしょう。 泣き声も癇に障るような声でなくなったので、「あ〜ぁ、また泣いてる。」とゆとりをもってあやせるようになりました。これについては、向井先生が興味深いことをおっしゃっていました。癒着がひどく癇に障るような理由もわからない泣き方が虐待を生むこともある、四六時中こういう声で泣かれるとお母さんの神経がまいってしまうと。 まぁるい声、と表現しておわかりいただけるかどうかわかりませんが、とにかく「びぃえー」、という押し潰した声でなく、「あーん」という澄んだ声に変わったことで、確かに私の場合、イライラすることは激減しました。 ただ、勘違いしてはいけないのは、手術の目的は子育てを楽にするためでも、おっぱいを飲みやすくするためでも決してありません。呼吸の改善が第一条件です。その意味でも、体の緊張がなくなった我が子を見るにつけ、私は、手術して正解だったと自信を持って言えます。 手術に対して、生まれたばかりの小さな体にメスなんて、と不安に思われる気持ちはよく理解できます。ただ、その不安な親の気持ちが優先されてしまって、子供のSOSを見逃すことの方が子供のためにならない、と私は思っています。 今は、母乳を飲むのが下手でも粉ミルクとほ乳ビンという飲みやすいもののおかげで、子供が餓死することはありません。ですが、粉ミルクがなかったとしたら、痩せ細る子供をのんびり見てはいられないでしょうし、手術がかわいそうなんて言ってはいられないでしょう。 私が癒着の勉強会に毎月かかわるようになった中で、小学校4年生の男の子が手術をし、その子供さんと直接お話することがありました。彼は、赤ちゃんの頃、とても育児が大変でお母さんも本当に悩まれたそうです。大きくなるにつれ、彼自身、体がすぐに疲れる、なんとなく毎日しんどい、などの症状を自覚しはじめ、この舌癒着症に出会ったそうです。 術後すぐに彼は、お母さんに「息がしやすい!」とはっきり言ったそうです。私にも、「楽になった。」と話してくれました。 また、子供さんの手術がきっかけでご自分も手術されたお父さんは、「40年あまりの人生を損した。こんなに楽になれるなら、赤ちゃんの頃にして欲しかった。」とおっしゃっていました。 歯の矯正手術やおやしらず親不知を抜いたり、というのは、世の中にとても浸透していて、抵抗なく人々に受け入れられているのに、まだまだ知らない人が多いこの舌癒着という症例がもっと普及すればいいのに、と日々思います。歯並びを直す感覚と同じくらいに、思っていただける人が一人でも増えてくれますように、祈ってやみません。 |
|
|
|
大人の舌癒着症手術体験 S市在住 Bさん
平成15年某日、ついに私自身、手術を受けることになった。 私自身は、舌癒着症のせいだろうかと思われる症状はこれといってなかったのだが、夫に受けてほしかったのと子供の手術をして以来、勉強会で体験談をさせてもらっているくせに、自分自身が受けていないというのもなぁ、と感じたのがきっかけである。 それともうひとつ、手術を受けてきた成人で、劇的に症状が良くなった人が多数いる一方で、あんまり変わらなかったという人も中にはいるので、症状を特に感じていない自分が受けた場合、どちらになるのかを知りたかった、というのもある。それに、これって舌のせいかなぁ、とことあるごとに思う日々にもいいかげん区切りをつけたかった。 夫は、睡眠時に軽い無呼吸があるのでは、と私が気づいたのが始まりで、頭痛がひどかったり、昼間睡魔に襲われたり、というのが頻繁にあったようなので、受けてほしいとずっと言い続けてきたのが、ここにきてやっと踏み切れたのだ。 こちらのきっかけは、向井先生の診察を受けて、「子供さんと一緒で0−3でひどいほう」 と言われたのがショックだったらしい。 子供が手術前、かなり症状があったのは前述のとおりで、その同じ状態を30数年間引きずってきたのか!と思ったそうなのだ。 ちなみに私も0−3。私自身、症状の自覚もなく軽いほうだと思っていたので、これはこれでショックだった。 二人とも母乳ではなく粉ミルクで育ったほうで、双方の母は「自分の母乳が出なかったせい。」と思い込んでここまできたのだが、おそらく私たち自身が「飲めなかった」ので、次第に母体のほうが母乳を作らなくなっていった、というのが正しいのではないかと今になれば思う。 それともうひとつ、最近流行っている酸素バーにも一因ある。酸素バーそのものには行ったことはないが、メディアで見るかぎり、バーに行って出てきた人は、「頭がすっきりした。」「肌つやが良くなった。」などと改善点を挙げている。そうした人は、普段の酸素にプラスαの酸素を摂っていると認識しているのだろうけれど、こうして舌癒着症を勉強してみると、単に普段足りていない酸素を『補っている』ということになる。それで、常に酸素バーにいる状態を保つには、てっとりばやく舌を切ってみよう、と思い立ったわけである。 まあ、そんな理由から夫婦ふたりして手術に向かうことになった。 前もって私たちは向井先生の診察を受けていたので、術前検査は近くの病院で受けることになった。 その際、思ったより面倒だったのが、検査が必要な理由を医師から問われる血液検査。「舌の手術を受けるから。」と言っても、一から説明しなければならないので、「気管の治療のため」と言うと、「具体的には?」と聞かれ、仕方なく説明すると「変わった人」という目で見られるし・・・黙って検査だけしてよ!という感じだった。 その検査結果を向井診療所に郵送し、手術には夜行バスで向かった。当日の朝8時半には診療所に着いていなければならなかったので、朝一の新幹線では間に合わないのと、子供を一人で祖父母に預けるのが始めてだったので、前日泊より夜出るほうがいいと判断したためだったのだけれど、着いたらすぐに手術なので、夜行バスはオススメできません! すごく疲れるし、道路事情により到着時刻が変わる恐れがあるので、ヒヤヒヤします。 8時半に着くと、その日手術を受ける予定の私たち夫婦と男性二人の計4人だけ集めて、説明を看護士さんから受け、薬局で薬をもらって、まずその場で1回目の痛み止めと抗生物質の薬を服用。その後ファイバーの診察を受けていない私たちだけは残されて、男性二人は二回の手術室へ。 私たちは横顔のレントゲンをまずとり、その後向井先生の診察を受けて舌の下に麻酔薬を含ませたガーゼをはさんでもらって(麻酔の効き具合をみるため)それから2階へあがり、肺活量や音域検査を受けて、それから再び向井先生に診てもらって手術室へ。 その間、すでに先に手術に向かった2人の男性は手術を終えて診療所を後にしていたので、前もって向井先生のところで術前検査を受けた人なら10時にはすべて終了することになるのだろう。 麻酔のガーゼはおどろくほどすぐに舌の感覚を麻痺させていたので、できれば麻痺している間に手術を始めてくれないかなぁ、と思っていたのだが、肺活量を調べたりしている間に麻痺がとれてしまったので、結局意味なし。そもそも麻酔の効き具合をみるためのものらしいので、そんなものだそうだ。 いよいよ手術室へ。さすがの私も緊張の一瞬だった。 手術台にあがる前に目の保護用のゴーグルみたいな大きなメガネをかけ、手術用の帽子をかぶって台に横になる。 それからよくテレビで目にする緑色の手術カバー(口のところだけ開いている)を上からすっぽりかぶせられるので、実際には先生の声しか聞こえず、何をされるのか見えない状態。口を開けていると硬い金属の開口器なるもので口をガチッと固定される。 ドキドキしていると、先生が、 「麻酔の注射をするからな。これはちょっと痛いぞ。」 とわざわざ説明してくれる。手術用の麻酔なのだから、相当痛いのか、と身構えていると舌の先と舌の下に2,3回チクッとさされた。思ったよりも痛くはない。ちょうど歯の治療のときに歯茎にされる注射と同じ感じ。この場合、先に「痛い」と言ってほしくないなぁ、とのんきに構えていると、すぐに舌の感覚がなくなったかと思った矢先、なにやらグイグイッと引っ張っている気配が顔のすぐ上でする。何をしているのだろう、と思った瞬間、ぷうんとドライヤーで髪を焦がすようなにおいが鼻先にしてきて、かすかにピッピッと口の中をひっかくような感じがしてきた。 「第一層を切っているからな。」と先生。 ええ、もう!!というのが正直な感想。なんせ、ここまでの所要時間、ものの3、4分たらず。だけど、言われないとわからないくらい手術そのものは全然痛くもなく、何も感じない。ただ、時折、グイグイッと引っ張っている感じと先生が強い力で何かを結んでいる感じがするだけだ。 手術前、すでに手術を受けてきたスタッフと友人の二人が、「手術の最中でも首の後ろに穴が開いたかと思うくらい、すぅーっと冷たい空気が流れ込むのがわかったよ。」と言っていたので、その瞬間を逃すまい!と私も気持ちを切り替えて全神経を首もとと口の中に集中させて劇的な瞬間を待った。 「どうだ、一層目は切れたぞ、楽になったか?」と先生。 うーん、なにも感じない・・・。口をぽかっと開けた状態でかろうじて「ううん(いいえ)」と伝える私。 すぐにまたかすかに焦げ臭いにおいがしてきて、次こそは何かを感じるだろうとまた神経を集中させてはみるけれど、やっぱりなにも感じない。 「どうだ、二層目を切ったから、今度こそは楽になっただろう。」と先生。 先生の手前、嘘でも「はい。」というべきなのだろうか、と思いつつ、正直に「ううん。」と伝えてみた。 このあたりから、目の前の緑のカバーをぼんやり見つめながら、もしや私には劇的な瞬間はやってこないかも・・・と思い始めていた。その瞬間とやらを期待し、楽しみにしていただけあって、これはかなりショックだった。 先生も手を動かしながら、看護士さんとされるがままになっている私に向かって、京都の舞妓さんの話なんかしているもんだから、はっきり言って緊張感はゼロ。思ったとおり、三層目を切っても結局私にはこれといってなんの変化も訪れることはなかった。正直、本当にがっかり・・・。 カバーをとってもらって、起き上がりながらも先生から、 「どうだ、世界が明るくなっただろう?楽になってないか?」と聞かれるが、そう言われれば、ということさえなかった。あるのは舌があるのかないのかわからないフワァッとした麻痺感だけ。 ここまで約15分ちょっとの手術。 次に夫が控えているので、すぐに気分を切り替えて、後学のためにカメラ片手に見学させてもらうことにした。 踏み台まで用意していただいて、先生の向かい側から、たった今自分が受けた手術をこの目で、しかも先生の解説付きで見学できたというのは、本当に貴重な経験である。 まず、麻酔の注射のあとすぐにグイグイッと引っ張りあげられる感じがしたのは、舌の先に糸つきの針を縫い物をする要領で刺し通して、糸を頭の上に固定したため。(舌を持ち上げるために) これにはちょっと唖然。人の生身の舌ってこんなにスーッと針と糸が通るものなのか、と。 それからレーザーメスで舌の下にある薄い膜を破くようにすると中から縦に左右対になった細い筋肉がおくに向かって柱のように並んでいるのがあらわれる。小さいササミ肉が並んでいる感じ。 夫の場合、舌の動かし方に偏りがあったらしく、右側の筋肉ばかりを使っていたため、右の筋肉が太く、左は細かった。本来、左右は同じ太さであるのが理想らしい。 まず、左の筋肉の上下の付け根に糸を巻きしばる。これがグイグイッと引っ張られるのと結んでいるような感覚の正体。 こうして根元でしばっているためか、次に筋肉を切っても出血はほとんどない。レーザーメスで切っているので、実際には切るというよりは焼く感じでシュシュシュと筋肉だった部分が熱で収縮していって、後ろに控えていた筋肉が見えてくる。後は同じ要領で右を切り、第一層終了。 夫はこの時点で呼吸が腹式呼吸に変わった。しかも無意識に。私の目の前でおなかのほうにすうっと空気が入っておなかが膨らんだのが、傍目にも明らかで私はちょっとおどろいた。 先生に、「どうだ楽になっただろう?」と聞かれて、夫はかろうじて「はい。」と言った。 あとはまったく同じ要領で第二層、第三層と切っていって手術は無事終了。 デジカメで写真をとるたび、快く手を止めてくださったり、説明をしていただいたり、先生には本当に感謝です。 起き上がったとき、夫は自分のメガネをかけたとん、「よく見えるようになった気がする。」ともいった。 これについては、後日、やっぱり気のせいだったかも、とは言うのだけれど、実際には慣れとは恐ろしいもので、すぐに新しい環境になじんでしまうので、「前がどんなだったか忘れたから比較できない。」のだそうだ。 それから二人して再度、術後のレントゲンをとってもらって、感染症止めの注射を打ってもらって、すべて終了。(筋肉注射というのだそうで、これはちょっと痛い。)次の日に診察を受けるように、といわれて11時には病院を後にした。 1時間くらいは何かあったときのために近くにはいてほしいといわれ、5時間は水分補給やおしゃべりはいいけれど、食事は控えるようにとのことだった。 本当に大変だったのは、この後。 夫は全然平気だったのだが、術後1時間くらいから、私のほうが耳から首の後ろ後頭部にかけて何ともいえない痛みに襲われ、立っていられないくらいの状態になってしまったのだ。夫は平気で書店で立ち読みしていたけれど、どうにも我慢できない状態の私は、店を出てベンチに座り込んでうずくまり、「うーうー」となりふりかまわず呻きまくっていた。さぞ変な人に見えたことだろう。 このときばかりはさすがに、手術を受けたことさえ後悔したし、誰かれとなく手術を勧めることはできないなぁ、と思った。 2年あまり自分なりに少し勉強して、すべて納得して受けたからこそ、仕方ない、とあきらめがつくけれど、人から勧められて受けた人だったら、恨まれかねないし後悔するだろう。夫と私が逆でなくて、本当に良かった、と痛みに泣きそうになりながら、心底そう思った。じゃないと、一生「ひどい目にあわされた!」と言われかねない。 舌そのものは切った舌の下部分はどうってことはなく、先の針が貫通した部分のほうがジクジク傷むくらいでなんともないのに、後頭部は「誰かお願い、もぎりとって!」って心の中で叫ぶくらい痛いのなんのって。 その間、夫はあまりの私の痛がりように 笑いをこらえながら心配するくらい余裕しゃくしゃくだった。それがまた腹立たしいったら。手術してなんとなく楽になったという感覚も味わい、その上痛みもないとは。この差はなに?! 結局その日、5時間は感覚を置いて服用するようにいわれた鎮痛剤を2時間おきに飲まざるをえない状態だった。夫は飲まずにすんだので、夫の分までもらったくらい。加えて、手足が恐ろしく冷たくて、初夏の陽気だというのに、手をこすり合わせるくらいだった。 ただ、唯一痛みの中ではっきり自覚できたのは、口の中での舌の位置。 手術前は、舌が上の前歯の裏にべったりくっついていたのが、上あごの真ん中あたりにぺたっとくっついて、引っ込んだ感じがはっきりわかった。舌が浮いている感じ。 それから、左肩の肩こりがなくなった。それまでは肩をまわすとゴリゴリ音がしていたのに、まったくなくなった。右は変わらずあったので、右のが本当に凝った部分だったのだろう。 それにしても、結構ちゃんとした「手術」だったにもかかわらず、横浜観光(夫がかなり平気だったので、せっかくだからと横浜観光に繰り出したのだ。)をしているってどういうことなんだろう、本来は入院なんじゃ・・・と思うくらいなのに、痛い痛いといいながら、横浜をぶらつき、しかも横浜スタジアムで野球観戦までしているのはすごく不思議だった。でも、この野球観戦が舌のリハビリにはとっても良かったようだった。夫に誘われて、あまり興味のない私だったのだが、行ったからには黙って見ているのもつまらないので、張り切って舌を動かす練習にと応援したのだが、いやでも舌を動かしたのが良かったように思う。それでないと、しゃべるのが億劫で黙ってしまいがちだから。口を閉じて黙っているとかなり次に話すときしんどいし、さらに口が重く感じた。 夕飯は普通のごはんものをリハビリを兼ねてがんばって食べるように言われたが、とんでもない、スープを飲むのがやっとでごはんなんて、口の中で転がすことはできても、のどからあごまでの痛みのあまり飲み込む動作がどうしてもできなくて、結局食べることをあきらめた。今まで動かしていた筋肉と違う部分を使っている感じだった。そのため、のどの筋肉痛のような感覚が数日あったように思う。ただ、ご飯に関してはかなり個人差がある。私の両親もこの後同じように手術を受けたが、術後1時間後にあまりにおなかがすいたとのことで、しっかりお弁当をふたりとも何の難もなく食べられたとのことだった。 寝る前になってやっと少し食べられた私にはびっくりする話だった。 翌日、診療所で向井先生に前日の術後の様子を二人分報告すると、私の想像以上の痛みと手足の冷えは過呼吸によるものとのこと。私の場合、癒着は0−3ときつくてもそこそこ体のほうが適応していて、普通くらいの酸素量が採れていたので、そこへドバッと酸素がたくさん入ってきたため、血管が収縮してしまい、後頭部の痛みや手足の冷えといった症状が出ていたのだそうだ。一方、夫はというと呼吸状態が悪いところへ酸素がたくさん入っても過呼吸とまではいかず、快適な呼吸状態で釣り合いがとれていたので、痛みがなかっただそうだ。要するに同じ0−3というひどい状態でも私のような場合と夫のような場合があるということである。 私の場合、あまり変わらなかったという状況でも今後、勉強会での体験談としていかせるから特別後悔はしないが、これが勉強会とはかかわりがなければ、もしかしたら後悔することになったかもしれないなぁ、とこのときは思った。 とはいえ、その後少しづつではあるが、二人とも変化はある。 まず夫は、毎朝感じていた頭痛がなくなったそうだ。これは向井先生いわく、やはり睡眠時の無呼吸からくる酸素欠乏による頭痛だそうだ。昼間、仕事中、車を運転しているときも眠気が襲ってこなくなったとのこと。高速道路を運転中、ときどき意識がとんで怖かったと聞いていたので、これはとても大きな変化といえる。 あとは前を覚えていないので、あまりわからないらしい。私からいわせれば、糖尿病を疑いたくなるくらい水分をガバガバ飲んでいた夫が、術後すこしづつ量が減った。これは口呼吸でなくなった分、のどの渇きが解消されたためと思える。それと、以前は少し疲れるとすぐに口内炎が口中にできていたのが、ぴたりとなくなった。これは私も気づけば同様である。 私はといえば、毎夜寝ているときに口を意識しないでも閉じて寝られるようになった。これまでは口を閉じて寝ても、朝にはポカッとあいているのが多かったのだ。奥歯のかみ合わせがよくなった。この2点は舌の位置が奥になったことで、下あごの位置も微妙に後ろに下がったためのように思われる。 あとは肌の調子がよくなった、しゃべるのが多少前より楽になった。以前より睡眠がよくとれるせいか体自体の問題かはわからないが、疲れにくくなったような気がする。そのせいか、前よりよく動くようになったと自分では思う。 同じ0−3でひどい状態でも、そこそこ普通の呼吸状態ができていた私とそうでなかった夫、というふうに差が出てくるということと、必ずしもすべての人に必要な手術ではないのかもしれない、と改めて考えさせられることになった、ただし、これは結果論なので、赤ちゃんの段階では私のようになるか夫のようになるかはわからないのだから、しておいたほうがいいのでは、と思う。実際、夫は30年あまりの人生を損した、と思っているのだから。 そして、受けた直後に二人して思ったのは、どうせするなら赤ちゃんのころにしたかった、ということである。なにもわからないうちに受けた息子はいいなぁ、と。 手術当日は、痛みのあまり、しなければ良かった、と正直思ったけれど、今はして良かったと思っている。少なくとも、2、3日の痛みを除けば、気のせいにしろ、なんにしろ、少しづつ変化はあるように思うのだから。なにより、受ける前、常に「これは舌のせい?」と思いながら過ごしていたのが、そう思わなくてすむようになった、というのはかなり大きい。呼吸が改善されたことによって、無自覚にしろなんにしろ、これから先の人生において、一つでも体の不調が回避できれば、これに勝ることはないと思っている。 |
|
|
|
小学生で全身麻酔手術体験 K市在住 Cさん
全身麻酔での手術。 8才(小学3年生)男児。舌、上唇、扁桃腺、アデノイド。 2004年4月の月曜日、学校を早退して4時半ころ向井診療所に到着。 外来でファイバーによる診察を受けて2階へ行く。 病室は二人部屋、5年生の男の子と同室。 明日の手術の注意事項と入院の説明を受け、9時までは自由時間。 買い物、お風呂屋さんに行き、外食をした。 お風呂は入院中入ることができない。(付き添いは銭湯可) その後、絶食で就寝。 翌朝、麻酔の先生が来られ、手術を受ける子供ひとりひとりに挨拶してくださった。 とても穏やかでやさしく子供に接してくださり、親の私もほっとして緊張が和らいだ。 絶食、絶飲で手術の順番待ち。 舌のみが4人、次に2歳の男の子、3歳の女の子、そしてうちの子。 12時35分、私とともに手術室に入る。 麻酔がかかるまで、希望があれば付き添い一人が入室できるテスト期間中であった。 私は子供の手を握って、麻酔の先生が子供の口元に麻酔の管をかざしながら、やさしく子供にお話して、 「何年生かな?」 「3年生」 「そしたら掛け算はできるかな?」 「うん」 だんだん麻酔が効いてきたところで、麻酔のマスクをつけました。 とたんに、子供は体をくねらせ、「あつい、あつい」と苦しそうにもがきました。 事前に手術のビデオを見て、こうなることは説明も受けていたのですが、かわいそうな気持ちになりました。 麻酔が効くまでの時間が長く感じました。 そして麻酔が効いて、私は退室しました。 待っている間に向井先生が、切り取ったアデノイドと扁桃腺を手の平に載せて病室に来てくださいました。 大きな扁桃腺、直径2センチ5ミリはありました。 こんなのが二つもついていたのか、それは息もしにくいはず。 ひとつはビンに詰めて、お土産にしてもらうことにしました。 13時18分、泣き声がして手術室から出てきました。 その後が大変でした。 「あつい!あついー!」と泣いて、体をバタバタさせます。 足首に点滴をしているので、一人の看護婦さんが足を押さえ、うつぶせに寝て、アデノイドの止血のために鼻をふさいでいるため、そのテープをはずさないためです。 20分ほどして点滴が終わるころ、興奮状態はおさまりました。 それから1時間あまり寝ていました。 眠りから覚めると、麻酔がかかってからのことは一切記憶に無かったようです。興奮時のことも知らないそうです。 4時ごろに外来で診察。 鼻のテープをはずしてもらう。 その後ポカリスエットが出ました。半分ほど飲めました。 けれどもその後は、なにも飲めない、ゼリーが出たけど食べられない状態が続きました。 つばも飲み込めず、ずっと吐き出していました。 夜中泣きはしないですが、「いつまで(痛いのが)続くのかなぁ。」と言いました。 「今は痛いけど、(時間がたつにつれて)だんだん良くなるよ。がんばろう!」 と励ましました。 隣の部屋の2歳の男の子と3歳の女の子は術後から夜の間起きているときはずっと泣いていました。 翌朝、変化があらわれました。 なんと、あんなに泣いていたお隣の幼児さんが、ぺらぺらとおしゃべりしてアイスクリームを食べているんです。 とくに2歳の男の子、昨日一番泣いていたのに今朝は一番元気! うちの子はほとんどしゃべらない。もごもご行って、つばを吐き出すばかり。 この違いは何なんだ! どうやら、年齢が小さいほど回復が早いようです。 それでもこの時点で、わが子にも変化があらわれした。 常に鼻が詰まって口を閉じることができなかったのに、きちんと口を閉じて鼻で息ができるんです。 本人も、これにはびっくりしていました。 そして金曜日に退院しました。 元気になったと喜んでいましたが、37度台の微熱が続き、元気がなく、月曜日から登校する予定だったけど、休みました。結局3日休んで、やっと熱も下がり、元気になりました。 退院後、癒着のことが気になり、まめに見ていたのですが、本人が嫌がり、なかなかはがすことができなくて困りました。 一ヶ月後、5月末に検診に行きました。 心配どおり、少し癒着していました。 本人はもう手術は嫌だといいます。 けれどもファイバーで見ていただくと、気道は広くなっているので安心しました。 このまま1年くらい様子を見ることになりました。 1ヶ月して術前のとの変化で本人が気づいたこと。 鼻づまりがなくなった。 物のにおいがわかるようになった。 嫌いなこと(勉強)を集中して取り組むことができるようになった。 そういえばなんとなく・・・変わったな、というところ。 転ばなくなった、つまづかなくなった、滑らなくなった。 何事も積極的に取り組むようになった。 変化がないところ。 意識しないと口が半開きになる。 感想 術後の回復は年齢が小さいほど早い。 本人は赤ちゃんのときに手術してくれたらよかった、と私に言いました。 助産師の先生に産後すぐに教えていただきながら、手術しなかったことを後悔しました。が、この体験は勉強になった、私たちにとってプラスになったと思います。 赤ちゃんのときの癒着のトラブルは大きくなっていくと、形を変えて顕れることを実感しました。 私自身も中学生の娘も手術しましたが、息子も手術していただき本当に良かったと思います。 つたない体験記ですが、小学生の全身麻酔手術の事例として参考にしていただければ、幸いです。 |
|
|
|
6才になってからの手術 T市在住 Hさん
はじめて「舌小帯」という言葉を知ったのは、長男が0才3ヶ月のときでした。 最終的に手術をしたのは、6才。それまでの流れをお話ししたいと思います。 里帰り出産をし、母子ともに健康で自宅のある埼玉へ戻りました。近所で評判の小児科を探し3ヶ月検診を受けたときに、「この子は舌の裏のひも(舌小帯)が舌の先のほうまでくっついているから切りましょう。」と先生から言われました。 「切る」という一言で、新米ママの私は頭が真っ白になったことを覚えています。 両方の両親へ電話をかけ相談し、主人ともじっくり話し合い、ほかの小児科に赤ちゃんを連れて数件まわって舌の状態を見てもらいました。そして、結局は切りませんでした。 ただ、ひとりの先生に「幼児(3〜6才)の言葉の獲得時期に発音が不自然な場合は、もう一度検討してみてください。」といわれたことが頭の片隅には残っていましたが、長男はペラペラしゃべり、安心かなと思っていました。 そうして6年の歳月が流れ、昨年2003年の秋頃、私が通っているヨガの先生のお話の中で舌小帯のこと、舌癒着症のこと、赤ちゃんの時期だけでなく幼児期、成人までも関連があり、呼吸の確保、血液中の酸素濃度が大切ということを知りました。 赤ちゃんを手術するという友人から舌癒着症ガイドをかりて読んでみて、うちの息子たちを早い時期に一度診察してもらおうと決心したのでした。 その夜、帰宅した主人に「やはり赤ちゃんのときに舌小帯を切っていたほうが良かったかもしれないね。」と伝えました。主人もインターネットなどでいろいろ検索してくれました。子供たちの健康、そして自分自身にも思い当たる節があったのか、真剣でした。 今まで、子供たちは大きな病気もせず、すくすく6才と3才に成長していましたが、長男の体質と思っていた気になる部分が舌のガイドにも書いてあり、読んだときにドキッとしました。小学校入学を控えて運動量も増え大丈夫だろうかと心配していたことが、もしかすると解消されるかもしれない、という思いに変わりました。
長男にはきちんと何を調べるための診察かを説明し納得の上で神奈川県大和市の向井診療所へ年末の12/29に家族4人で行きました。 結果は、主人(0-3)、長男(3-3)、次男(3-3)という診断でした。 そのとき、先生がおっしゃった言葉がとても印象的でした。 「お母さん、ここまで育てるのに大変だったでしょう。長男に関しては、老人のような子供だよねぇ。眠りが浅く疲れやすい。体力回復せず、体にずっと疲れをためたまま今まで生きてきてるんだよ。鼻から入れたファイバースコープの映像は、ご主人とそっくりの喉の状態ですよ。次男に関しては、おしゃべりするときでさえ、首に青筋がたつというのは、酸素が足りていないということだよ。それで落ち着かないんだよ。」 手術は2004年3月に長男(6才)、次男(3才)が全身麻酔で、4月に主人(39才)が局所麻酔で受けました。 手術は約20分程度で終了。戻ってきた二人の子供の顔色はとてもよく、口唇は今まで見たことのない赤ピンク色でした。手足も暖かくなりました。 翌朝のことですが、前日の疲れと麻酔のための昼寝で夜遅くまで起きていたにもかかわらず、朝寝坊の二人がすっきりとした顔つきで「おはよう。」と起きてきました。 別人のような起床姿にびっくりしました。寝つきもよく、眠りもとても深くなりました。 親の目からみても祖父母の目から見ても、二人の息子はハツラツとした元気な子供になりました。 主人の術後はというと、朝起きたときの倦怠感が消え、「なんだか子供のころの目覚めの良さを思い出す。」とのこと。手足が暖かくなり、顔色がよくなりました。体全体のむくみがとれ、顔・体がすっきりとしました。 3人が手術をしたことで、休日の早朝の時間が有効に使えるようになりました。 今までの週末はパパは家でゴロゴロ、ママと子供二人は公園へと、まったく内と外のパターンでした。手術後はパパが朝から虫とり網を片手に庭や公園へと子供たちを連れて行ってくれています。主人本人も「信じられない。」と言っていました。 貴重な子供と一緒に遊べる時期に元気なパパになれたことは、本人もうれしいし、私たち家族や両方の両親も大満足しています。 もしあのとき舌癒着症ガイドとの出会いがなければ二人の息子たちはベストの健康状態を知ることもなく大人になっていたことでしょう。本当に感謝しています。 私自身、体力がありいつも元気ねと言われるタイプですが、元気の有り余る息子たちについていけるように、舌の診察をしてもらおうかしら・・・と思っています。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
| Copyright (C) 2003-2008 Marimomama. All right reserved. |